華耶のやる気なさげな日々

やる気の無い人の日々を適当に書き連ねる自己満足ブログ

今年は読書の秋と言っても良いのではないかと

そう思うくらいに本を読んだ冊数は例年より多いと思うわけですが。
読む本の比率が例年に比べて漫画が多いのが微妙なラインでしょうか。
図書館にでも行けば普通に本を読むのでしょうが、わざわざ図書館まで行く気力も無く・・・。
家で本を読むと昔ハードカバーの本とか小説とか手にとる前にとりあえず漫画から読んでいってしまうと言う。
9・10月に関しては食欲の秋と言っても良かったような気もします。
一人暮らしするようになって五年目の今年ですが、あんだけの量を食べてたのは大阪に住み始めて一年目の秋〜二年目の春頃以来ではないでしょうか。
あの頃は食べるとすぐ太ったんですが、この秋は食べても太らなかったと言うのが救いでしょうかね。
でも今年は秋だと言うのに秋刀魚食べてないですねぇ・・・。
家で魚焼けないしなぁ・・・。
まぁそんな感じの事を最初は考えつつ。
昨日に引き続き今日もだらーっと一日過ごしていたわけで。
いい加減何とかしないとますます窮地に陥るだけと言うのは理解しつつももう別にどうでも良いという考えが頭に浮かんできてやる気を削いでくれるので結局殆ど何もしないという。
一応求人情報とか見たりはしてますけど。
と言うかぶっちゃけ私が人生どうにかまともに生きようかと思う動力源は親への感謝と義理なわけで。
親に今まで育ててもらった恩があるから生きてなきゃいけないと思うし、親が悲嘆するような生き方はさすがに不味いと思うわけでして。
もし、万が一、親が今いなかったら私も別に生きてる必要も無いし、自殺しなかったとしてもその生き方がまっとうなものである必要は一切無いと思うわけで。
そう思いつつ就活したりしてたんですけどねぇ・・・。
実際働いてみるとますます人生苦痛だなーと思っただけだったし・・・。
そろそろ親への感謝と義理よりも自分自身の苦痛に耐えがたいと思う気持ちがもたげてきている訳で。
「お金を得ると言う事は大変な事なのです」と誰かから・・・というか何度も言われたような気がしますが。
「だったら無理してお金得なくても死んだらええやん」と思ってしまうわけで。
でもそこで出てくるのが親への感謝と義理なわけで。
じゃあ真面目に働くかって思って失敗したわけで。
じゃあフリーターになって適当に小金稼ぎつつのんびり生活するかと思うと親はそれを望まないわけで。
結局親への感謝や義理をかなぐり捨てるか、苦痛に耐えて真面目に働くかの二択に追い込まれるわけで・・・。
そのうち、自分が昔から思ってる親への感謝や義理もなんか自分が自殺する勇気が無い為に自分でそう考えてる逃げ道なんじゃないかととか思ってきたり。
そう思ってくると自分の性格上「じゃあ試してみるか?」とか思ってしまったりするわけで。
そんで自殺の方法とか調べてるうちに「落ち着け自分」とか思ってパソコンの前から離れて布団でぼーっとしてると言う。
家にいるとそんな感じの繰り返しな日々・・・。
そんな日々が嫌で気晴らしと称して奈良行ってみたり京都行ってみたり、どっか遠出する計画とか練ってみたり、外食する事考えてみたりしてるわけですが。