華耶のやる気なさげな日々

やる気の無い人の日々を適当に書き連ねる自己満足ブログ

社会からの逃避衝動

えーと…今日の日記は15日の昼過ぎに…つまり昨日の日記を書いた直後に書きました。
読まない方が良いと思いますけど…まぁ総タイトルの通りの展開に一応なってるので読みたければどうぞ。
以下15日の昼に書いた本文の後に改行して昨夜のうちに今日の総タイトルの話を付け加えて、日付表示を付け足したので長いです。
…まぁつまり結局この日記が書かれたのはこの冒頭部分以外昨日なんですけど。


先日、仕事からちょっと逃げ出したい、みたいな事を書いたんですけど。
ここにきて激しく脳内で警鐘が鳴っています。
…職業選択間違えたかなぁ…とか思いつつ。
そんなに稼がなくても良いからなぁ…もっと楽そうなのにすればよかったか…?
まぁ結局「隣の庭は〜…」なんでしょうけど。
どんな職であれ、少しは続けないと自分に合っているかどうかはわかりませんし。
過去の経験から鑑みても、ここさえ乗り切れば別に職を変えなくても行けそうな気はするんですけど。
…職歴はともかく、学歴で見ると、受験に受かって入学した時は嬉しくて、その後「…逃げたい」とか思って、最終的には「もうこの流れに乗ってればいいや」みたいな感じで進むので。
んー…今仕事投げ出すのは無責任だしなぁ…面接の時の自分の発言には責任を持たないと…。
さてさて、どーしたものやら…。
ニートになるわけにもいかんしなぁ…別に「働いたら負け」とかは思ってないし。
『病気療養』に戻るには医師の診断書が必須ですけど、医師にも「これならいけそう」って言ってしまった手前、今更「やっぱ無理」とは言い難いし…。
んー…でもそれは言い訳に過ぎませんねー。
医師に言えばすぐ診断書書いてもらえると思いますけど、それをする事からも逃げているわけで。
結局の所働いていようが病気療養になろうが、現在の社会構造から逃げたい衝動に駆られているだけなんですよ、多分。
まぁつまり手っ取り早く言えば「死んだ方が楽だよねー」って話なわけですが。
…前々から言ってる通り親が死ぬまでは自殺する気は無いですけど。
最近その基本方針も折れかかっているかもしれないと自分自身思っていたりもするので、その線が確実とは言い難くなっているのですがとりあえず現状ではまだそれが私の人生の基本軸です。
学生時代なら何もせずにのらりくらりかわせますけどこの歳ではねぇ?
具体的な年齢に関しては黙秘させて頂きますが(ぁ
まぁ自分が社会不適合者だと言うのは、中学生の頃には分かっていましたけど。
あの頃から今まで…10年かそこらですけど、本質的な部分は変わっていませんから。
…実年齢書いてるようなもんだな…まぁ10年か「そこら」ですからね、10年ジャストとは限りませんよ?
社会復帰を果たした事は、どうしても越えなければならない、しかし強制的に捕まれて越える事をさせてもらえない最低限の壁を、ようやく越えただけですから。
今考えると、ほんのつい先日に社会復帰を果たして一時的な喜びを感じたという事は、子供の頃入院した時の心境に似ています。
籠の中にいると外に出たくて出たくて仕方ないですけど、そこから出た時の一瞬の喜びを味わった後は、その籠の中で生活するのが、何らかの我慢をしなくてはならなかったとしてもどれほど楽だったか、籠の外はどれだけ厳しいのかを実感するのです。
もちろんこれには人それぞれ感じ方が違うと思いますけど。
入院生活は嫌って人の方が多いでしょうし、むしろそれが普通であって、私のように「病院に戻りたい」なんて子供の頃に思う方が脳がおかしいと自分でも思います。
入院したのって小学生の頃だからねぇ…。
私の場合は結局捻くれていて、それでいて甘えてるんですよね。
『病気療養』期間中は「自由が無い」っていう束縛感を感じていたのに、「じゃあ好きにしていいよ」って言われると「だりー…」ってなるんですよ。
これは私の日頃の言動にも顕れています。
何らかの権利を奪われると真っ向から反発してその権利を得ようとするのに、いざ得ればろくに行使しない、みたいな感じですね。
社会復帰を果たした際に、周囲の友人知人に「本当に嬉しい」って言ったのは事実です。
確かにあの頃…そうですね、先月末から先週半ばくらいまででしょうか?
その頃は本当に心の底から嬉しかったんです。
ただ、私の場合「嬉しい」という感情自体が捻くれているのかもしれません。
自虐的な、それでいて強い自己愛を持ったような感じ方でしょうか?
…あぁ、別に友人知人の存在が不要と言うわけではないですよ?
むしろ友人知人には「私みたいな変な人と交友関係を持ってくれてありがとう」と本気で感謝していますから。
ただ、結局の所私は他者を比較する存在として利用している側面が強いと思います。
自分で自分の欠点を突付いてそれでいて自分の置かれている状況は周囲と比較してあまりよろしくない、と考えるんですよね。
自分で自分を落としてそれを自分で慰めるんだからもう馬鹿としか言いようが無いと自分で思いつつ、さらにその馬鹿な自分に自分自身で憐憫の情をかけていると言う、救いようの無い存在な訳で。
こう書いていてもそれが顕著に顕れているわけで。
んー…まぁこのまま延々書いても仕方ないので一度話を落ち着けましょう。
社会復帰を果たしたという事は、自分に課した最低限の義務を乗り越える為の手段にすぎません。
法的義務云々はぶっちゃけどうでm(ry
そもそも生存理由を他者の存在に当て嵌めている時点で大問題でしょうが。
…いや、一般的に「家族の為に働くのさ」ってのは別に良いと思いますよ?
自分を含めた家族全体を養う為ですもんね。
ただ、私の場合「親が生きている内は死なない」ですからね。
私が親を扶養しなくても…まぁどうにかなる程度にはゆとりありますし、多分。
私が労働する理由は家族の為でもなんでもなく、親が生きている間私が生きていればいい、その為に現在の社会においては生活に必要な金銭を正当な手段で(犯罪を犯さずに)取得しなければならない、というだけなのです。
例えば何らかの事故が発生して今この瞬間祖母と両親が消えたら私もすぐに消えていいのです。
自分を今まで養育してくれた存在に対する最低限の礼儀として、そこまで育ててもらった恩として、祖母や両親より先に逝って悲しませる事はしない、と決めているだけですから。
…親に遺言で「長生きしろ」とか書かれたらどうしよう?とかたまに本気で考えたりしますけど。
あとはあれだね、本当に子供を手に入れたら「この子が大学出るまでの間は」と言うのが併記されるでしょう。
んー…とまぁそんな感じですよ。
自分でも勢いだけで書いててなんかわっかりにくい文章になったなーと思うので、適当に聞き流して(見流して?)おいてくださいな。


とまぁ、こんな内容の日記を昼に書いたんですけど。
いやね、明日(16日)バイト昼帯だしだるいし先に書いておこうと思って書いたんですよ。
んで、夕食の時は父・母・私と揃っていたので、基本的に父親が話すんですよ、そういう場合。
大概内容は「仕事が〜」とか「勉強は〜」とか「今日の新聞で〜」とか「会社で〜」とか、まぁそういう切り口の話になるわけですよ。
最近こそもう気にも留めなくなりましたが、うつ病の私としてその手の話は絶対避けて欲しかったわけですよ。
なので母親に何度も言ったんですけど、止めるのが無理なので諦めて最近は受け入れていたんですが。
今回は一つ、違う話になりまして。
今日(15日)母親が外出した際に列車の運行が遅れていたらしいのです。
んで昨日(14日)私が出かけたときも、列車が遅れてまして。
父親も昨日(14日)仕事の帰りに列車が人身事故で遅れてた、という話になって。
そうなると話の方向は決まるじゃないですか、自殺とかの話に。
多分最初に話題を振ってしまった母親は「失敗した」と思ったんじゃないかな…いや、話の流れが収束しつつある頃になってから気付いたか…後でフォローが無かったのでもしかしたら気付いていないかもしれません。
まぁ別に実際問題では母親が気付いていてもいなくてもどうでも良いんですけど。
まぁ私はマザコンですからねっ!
母親は私の最大の理解者であると信じて疑わないわけですが。
まぁそんな話になって。
私が「その話題はもう嫌だ…」と思って話の途中で自室に帰ろうとした時に、父親から真剣に言われました。
「生きていれば辛い事があっても良い事もあるから、長生きしろよ」と。
なんて言うかねぇ…?
「あんた人の心が読めるんですか?」
とか思いましたよ?
でもねー…長生きしろと言われてもねー…人生やる気無いからねー…。
親の意向でもなかなかねー…悩みどころですねー…。
いや、本当に遺言とかで残されたら性格上多分律儀に守ろうとするでしょうけど。
まぁ、まだ先の話ですね…これからいくらでもそんな話をする機会はあるでしょうから。
…本当にあるかどうかはわからないですけど。
そんな遺言の話だなんだなんて言ってたら縁起が悪いですからね。
…と言いつつも今日記に書こうと思う事がまた一つ出来たんですけど…いや書きたくないけど書きたいって感じかな?
激しく矛盾してますが。
まぁ明日(16日)覚えていたら書くことにしましょう。